Violence in the South


タイ深南部のヤラーとパッタニー、そしてナラティワートは、以前「パタニ王国」という半独立王朝だった。

19世紀にタイ(当時はシャム)に併合され、以後仏教徒のタイ族はこの地域に行政や教育の分野を広めていった。
マレー語を話していたイスラム住民に、タイ語を公用語として教育し、行政の要職の多くが仏教徒で固められた。
そして徐々に住民たちの不満がつのり、1970年代から、南部で分離独立を求めて武装闘争が始まることになる。

以後南部での武装闘争は、タイ軍部との和解で1980年代後半に一度沈静化した。

2004年1月4日、衝撃的な事件が起きる。ナラティワート県で二十以上の学校が一斉に放火され燃え上がり、同時に
武装集団がタイ国軍の基地を襲撃した。4人の兵士が死亡、自動小銃など約400丁が盗まれ、この日以降深南部では
暗殺や襲撃、誘拐、そして爆弾事件などが多発して暴力がエスカレートしていった。

政府は昨年、仏教徒の教師への銃撃が多発し、教師が自衛の為に銃を携帯することを認めた。
そしてゴム園の作業員、公務員、学生なども襲撃を受け、イスラム教徒も同じように命を落としている。

タイ政府はイスラム過激派が裏で操っていると非難するが、襲撃を繰り返す武装集団は、政治的な要求や金銭なども
主張せず、まして声明など一切出していない。

深南部は現在治安回復という名目で非常事態地域に指定され、逮捕状なしでの容疑者の逮捕/留置が可能となり、
政府の強攻策に反発する市民も多く、暴力は一向に収まる様子はない。

死者の数は年々増え続け、2年半で1400人を超えている。







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