対岸の肖像:日本人と部落民

自身の生い立ちを我が子に隠しながら生きている母親がいた。
在日朝鮮人として被差別部落で育った青年は、 二重の差別に向き合い生きている。そして女性たちは、部落民の存在を社会に認めて欲しいと願いながら、子守唄を唄い続けている 。



過去の身分制度と差別意識

穢多(エタ)や非人(ヒニン)という遠い昔に作られた身分制度は、現在は存在しない。しかし部落民としてのルーツを持つ人々は今でも葛藤しながら生きている。多くは部落民であることをひたすら隠し続けて不安と共に暮らし、そして部落民として生きる人も、生涯、差別や偏見に向き合わなければならない。 普段私たちは、そのような部落民たちの姿を、目にする事はない。

被差別部落の歴史は、古くは鎌倉時代末期の文献に残されている。江戸時代には、幕府は政権安定のために身分制度の固定化を徹底し、皮革産業や刑吏などに従事する部落民を最下位の身分として定めた。彼らを穢多(エタ)、非人(ヒニン)と呼び、そして他の身分と分離するため、被差別部落の多くは町村の外れに作られた。

明治政府による解放令によって、武士や士農工商と呼ばれた身分制度が廃止されたのは1869年。封建社会において社会的に形成された被差別部落も表向きは廃止され、人々はみな平民と呼ばれ、平等となった。しかし多くの村々が部落民たちと同様に扱われる事に反対し、暴動や襲撃が続き、部落民に対する差別意識は更に強まることになる。

以後、被差別部落の環境は劣悪をたどった。水道や下水などの生活設備は設備されず、教育の場もない環境で部落民は暮らした。被差別部落は川岸付近に作られる事が多く、水害に毎年襲われ、向こう岸に暮らす部落民の事を、人々は対岸の人と呼び差別をした。そして現代化する日本社会の中で、部落民に対する差別は様々な形で現れ、差別は交際や結婚、就職にも影響していった。

ありのままの自分と社会の受け皿

人々のモラルが向上した現在、部落民に対する差別は確実に少なくなった。そして時代が変わり、今では部落民として普通に生きる人もいる。部落民という過去を隠し続けるよりも、ありのままの自分で生きていたいという思いがある。しかし現代の社会で部落民として生きていくには、まだ分厚い壁が存在している。

部落民として生きる一人の若い女性に会った。大阪にある被差別部落に生まれた彼女は、自分のルーツが部落民である事を、大学のとき友人たちに公表した。つっかえていた物がとれたように、すっきりしたが、でも以来ずっと不安もつきまとう。部落出身者の自分を誰もが受け入れてくれるだろうか、そして時折、今でも部落民に対する偏見の目が根強く残っていると感じる事があるという。

「私が部落民として生きると決めたとき、社会全体が部落民としての私を受け入れ欲しいのです。今日本の社会に必要なのは、私たち部落民が社会に出た時に、その存在を認めてくれる受け皿なのです」

日本人として、そして、部落民として生きる彼女は言った。

                                        
後藤勝 2008年7月

 
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対岸の肖像: BURAKUとのかけ橋  
後藤勝/Reminders with 新大阪人権協会

-巡回写真展に向けて
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差別とは、基本的人権である権利を奪い、政治、経済、文化等の生活全般にわたって、不利益な扱いをすることです。そして現在も日本には、被差別部落出身者であることを理由に差別する、部落差別という問題が残っています。

被差別部落の原点は、日本の封建社会において、政治、社会等の諸要因によって形成されてきた身分制度が関係しています。部落の人々は、他の身分と分離させられ、衣・職・住等あらゆる生活面で厳しい状態におかれました。部落民たちは、歴史的、社会的に形成されてきた被差別部落に生まれ育ったという理由だけで、人間として当然受けるべき権利を、長い間奪われ続けたのです。

戦後には、全国水平社の運動を引き継いだ部落解放運動が再出発し、1965年に
「同和対策審議会答申」が出され、部落問題の解決が「国の責務であり、国民的課題である」ということが認められました。そして「歴史的社会的理由により安定向上が阻害されている地域」とし、1969年以降、行政によって被差別部落(同和地区)で事業が実施され、現在住環境などは大きく改善されました。

しかし長い年月を経ても、部落に対する差別意識はいまだに存在しています。
「こわい」「貧しい」「遅れている」といったマイナスイメージが強く、現在も多くの課題が残されています。

そのような状況のなかで、差別に立ち向かうだけではなく、それぞれの道で生き、輝き、息づいている人たちがいます。そして強い連帯意識と相互扶助が現存する地域があります。その生き様とあたたかい土地は、あなたにとって無縁の存在なのでしょうか。

2008年現在、関西地方を中心に“対岸の肖像”写真展を巡回しています。写真展開催興味がある方は、ぜひご連絡ください。

参照リンク 大阪市人権協会

 

 

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